09/15: 中越沖地震と中小企業
Category: General
中越沖地震の被害に遭った柏崎を視察した関先生の執筆文です。
地震の被害に遭ってもあまり注目されない、地元の中小企業についての文です。
視察での写真はこちらに掲載しました。
地震の被害に遭ってもあまり注目されない、地元の中小企業についての文です。
視察での写真はこちらに掲載しました。
2007年(平成19年)9月9日 北海道新聞
「柏崎、見事に操業再開」
中越沖地震と中小企業
2007年7月16日、午前10時13分、新潟県中越沖地震が発生。
その被害は広くテレビなどのマスコミで取り扱われた。
だが、地域の中小企業についてはほとんど報道されることもなかった。
かつての阪神淡路大震災、中越地震のときもそうであった。
被災した市民の支援は当然、最優先されるべきだが、市民の就業の場であり、地域経済の根幹となる中小企業はどうであったのか。
私自身、柏崎との関係は深く、震災から10日目に柏崎の中小企業を12社ほど訪れた。
阪神の教訓を生きる
心配事は二つ。
一つは、火災、倒壊等に直面している中小企業はないのか。
かつての阪神大震災の際には火災による焼失が多く、神戸市は仮説工場を170棟建設し、3カ月後には入居させていた。
この点、今回の場合は、火災はなく、倒壊は数件であり、市内の空き工場にすぐに移転させるなど、地元産業界は見事な対応を示していた。
もう一つは、阪神、中越の時には、震災後、大手メーカーが機械の調査などを手がける業者である「機械屋」を大量に抱え込んでしまうため、対応の遅れた中小企業は機械屋を1カ月も待たされたことなどが報告されていた。
長期に操業できないと、取引先は仕事を引き揚げてしまうことが指摘されている。
これが一番の心配事であった。
この点は、3年前の中越沖地震の教訓が生きており、経営者は即、機械屋に連絡をとり、1週間以内には機械の調整を終え、見事に操業を再開していた。
産業界では「機械の業者と仲良くしておくこと」が教訓とされていた。
ただし、中には、見舞いに来た取引先が部品を持ち帰ったことなども報告されている。
また、機械屋により対応がかなり異なったことも指摘されている。
このあたりの危機管理が今後の地域中小企業の課題とされよう。
阪神、中越の時もそうであったのだが、被害は局所的に発生する。
今回も海側の工業団地は液状化により地割れがひどく、工場の床に幅30センチほどの亀裂が走っている場合もあった。
地震後10日を経過しても、この工業団地では電気、水道、ガスのいずれも未通であったが、それでも、補修し、機械を並べ替え、操業再開していた。
操業停止による取引先からの仕事の引き上げを一番気にしていた。
海側は移転も必要
現在の彼らの心配事は二つ。
一つは原発との関連での「風評」であった。
柏崎の中小企業は見事に操業しているのである。
二つ目は、地割れなどのひどい海岸の工業団地は応急的に再開しているものの、将来的には移転の必要性も出てくることに関連する。
そのような事業にスムーズに対応できるかどうか。
この点は地域全体として取り組んでいく必要がありそうであった。
また、今回の震災を通じて、全国の多くの中小企業から支援の声が届いたが、今後は全国的なネットワークを形成し、緊急の際の技術者の派遣、あるいは一定期間の仕事の代替なども考えていく必要がありそうだ。
震災の際に中小企業が表に出ることは少ないが、地域の経済を支えるものとして彼らにも大きな関心を寄せていく必要があるように思う。